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鳥取県民謡 – 貝殻節 コード

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貝殻節

(松本穣葉子作詞 鳥取県民謡)

Am F C F C F C Dm

(ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ)

Dm F C F C F Dm

何の因果で

F C F Dm C F C F Dm

貝殻漕ぎなろうた

F C F C F

カワイヤノー カワイヤノー

F C Dm C F C F C F Dm F Am F Dm

色は黒うなる 身はやせる

Dm F C F C F C F C F C F

ヤサホーエーヤ ホーエヤエー

F C Dm

ヨイヤサノ サッサ

Am F C F C F C Dm

ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ

戻る舟路にゃ 櫓櫂(ろかい)が勇む
カワイヤノー カワイヤノー
いとし妻子(つまこ)が 待つほどに
ヤサホーエーヤ ホーエヤエー
ヨイヤサノ サッサ
ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ

忘れられよか 情もあつい
カワイヤノー カワイヤノー
あの娘ァ 浜村 お湯育ち
ヤサホーエーヤ ホーエヤエー
ヨイヤサノ サッサ
ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ

浜村沖から 貝殻が招く
カワイヤノー カワイヤノー
嬶(かか)よ まま炊け 出にゃならぬ
ヤサホーエーヤ ホーエヤエー
ヨイヤサノ サッサ
ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ

帆立貝なら 帆立てて行こよ
カワイヤノー カワイヤノー
わたしゃあなたの 身を立てる
ヤサホーエーヤ ホーエヤエー
ヨイヤサノ サッサ
ヤンサノエー ヨイヤサノ サッサ

正調と思しきもののビデオを上掲。
(そも口伝の民謡やわらべ歌に正調もヘッタクレも無いとは思いますが。で、付記したコードのキーは Dm だけど、ビデオは Bm か)

(動画削除につき三橋美智也版に差し替え)

貝殻節は、帆立貝(板屋貝とも言われる)の底引き漁の作業歌(舟唄)として江戸期から歌い継がれ、昭和になって松本穣葉子という俳人が補作詞をしてレコードとして発売された。
ただ囃子詞(カワイヤノー、ヤサホー)は補作詞者もいじってはいないだろう(多分)。

貝殻漕ぎなろうた
貝殻漕ぎ(かいがらこぎ)は、貝を取る漁師(多分)。
「なろうた」は、「習うた」とも読めるが、「なった」という事か。

色は黒うなる 身はやせる
重労働だと言うのだろう。
すると囃子詞の「カワイヤノー」は、「可愛いなあ」ではなく、「可哀相」と言っているのか。

戻る舟路にゃ 櫓櫂が勇む
漁も終わり、愛しい妻子に少しでも早く会おうと、櫓を握る手にも疲れをよそに自然と力が入る。
逆に言えば往路は舟の進みもきっと遅いのだろう。

今と違い、売る事を目的として作られてはいない作業歌が元になっており、また悲哀を含むという点で、米国の(元来の)ブルーズに似ている。
主旋律がヨナ抜きで、それが(ブルーズ)ペンタトニックと一致するのにもただの偶然以上のものを感じる。
この手の歌の常だろうが、今となっては不詳の作者はこの歌で儲けてやろうなどとは微塵も考えなかった筈。
書物等、書き言葉の記録販売媒体は既に存在し、著作権の概念自体はあったろうが、何せすぐ消えてしまう話し言葉や歌が忠実に再生できる、つまり録音して売る事が出来るなどとは当時誰も思わなかったろうから。楽譜が有償で多く流通していたとも思えないし。

損得なんぞ頭に無い作者の口をついて出た節と詞は、きっとその時の彼(女)の感情に直結するものだったに違い無い。雑念もノイズも無く。

六三四 Musashi with 宇崎竜童

宇崎の小節(こぶし)はやはり民謡のそれだ。
私の大好きな囃子詞の節を変えて歌っているのがちょっと残念だが、前述の通り正調なぞは本当は特定できない筈だろうから、宇崎みたいに歌っていた漁師もいたのかも知れない。

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