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歌詞和訳 David Bowie – Dollar Days

2010s

ボウイの69歳の誕生日にして死の僅か2日前の2016年1月8日に第25作アルバム Blackstar は発表された。
本作はそのアルバムの最後から2番目と、最終曲ではないものの、故人が生前最後に手掛けた曲と言われる。

Dollar Days

(David Bowie)

Cash girls suffer me, I’ve got no enemies
I’m walking down
It’s nothing to me
It’s nothing to see
If I’ll never see the English evergreens
I’m running to
It’s nothing to me
It’s nothing to see
金のある女達は私に寛容で、目の敵になどは
されない、歩き去る事にしよう
何て事はない
気にする事でもない
逃れ着かんとするイングランドの常緑を
もう二度と見る事なくとも構わない
何て事はない
もういいんだ

I’m dying to
Push their backs against the grain
And fool them all again and again
I’m trying to
We bitches tear our magazines
Those Oligarchs with foaming mouths phone
Now and then
Don’t believe for just one second
I’m forgetting you
I’m trying to
I’m dying to
何とかして
好き勝手を阻み
何度も欺き通してやりたい
何とか
性悪の我々は雑誌なんか破り捨てるのに
口角に泡を溜めた一握りのお偉いさんは
ちょくちょく電話をかけてくる
一秒たりともみんなを忘れ去ろうと
しているだなんて思わないでほしい
何とか
切に願う

Dollar days, survival sex
Honour stretching tails to necks
I’m falling down
It’s nothing to me
It’s nothing to see
If I’ll never see the English evergreens
I’m running to
It’s nothing to me
It’s nothing to see
ドルの日々、生存の性
廉恥心が全身に行き渡り
私は落ちて行く
何て事はない
気にする事でもない
逃れ着かんとするイングランドの常緑を
もう二度と見る事なくとも構わない
何て事はない
もういいんだ

I’m dying to
Push their backs against the grain
And fool them all again and again
I’m trying to
It’s all gone wrong but on and on
The bitter nerve ends never end
I’m falling down
Don’t believe for just one second
I’m forgetting you
I’m trying to
I’m dying to
何とかして
好き勝手を阻み
何度も欺き通してやりたい
何とか
もう取返しもつかないが
神経の末端の疼痛は止まず
私は落ちて行く
一秒たりともみんなを忘れ去ろうと
しているだなんて思わないでほしい
何とか
切に願う

I’m trying to
I’m dying to
I’m trying to
I’m dying to
I’m trying to
I’m dying to
I’m trying to
I’m dying to
どうしても
切に
弛まず
どうにか
こうにか
遂げたい
でも
死に行く

プロデューサーのトニービスコンティが明かした通り、歌を作り歌い続ける事はボウイの人生そのものだった。
一方でボウイが死期を悟っていたのは間違い無い。
ただ一般に人生において少し立ち止まって考えるべき大きなテーマであろうその死期または死自体でさえもやはり彼にとっては歌のモチーフ或は材料に過ぎなかった。その証左は、遺作アルバム Blackstar 完成後間も無く次作に取り掛かっていたという事実。幕を引く気など無かったという事だ。遺作も結果としてそうなったに過ぎぬ。

そんな晩期の創作活動をある意味放任した家族もエラい。
夫の、父親の、生の証しの発現を最優先した結果としての死を甘受した遺族。
普段は口にしたくもない家族愛なぞいう套言も彼らについてなら使うべきか。

2つの先行シングル BlackstarLazarus は彼の生前に取り上げていたが、私が本作をちゃんと聴いたのは死を知った後。

ハッとしました。このリフレインです。

Don’t believe for just one second I’m forgetting you
一秒たりとも、私がみんなを忘れつつあるなどと信じないで下さい

magazines に書き立てられる憶測記事や、不沙汰から生じたのであろう、ファンとの繋がりを絶とうとしているという噂を鵜吞みにはしないでほしい、とボウイは乞う。聴き手の事をよもや忘れはしないと言うのです。

for just one second たった一秒の間
この副詞句が前の believe と後の forgetting のいづれに係っていようと、その表す切実な思いの丈は同じだろう。

メディアへの露出どころか発信すら殆ど無かったのも事実ではある。
しかしそれは本人の病状なんぞより病に侵されながらも書き上げ演じる作品そのものにこそ目を向けて欲しかったが為と察する。
ただやはりファンの反応が気懸かりではあったのだろう。況して本意ならぬ類も耳にしていた。
故にふと詞に流露した、いじらしいまでにセンチメンタルな、直截的な文句。聴き手への直接の語り掛け。

登場順序は前後するが、このファンへの思いと同じく歌の中で2度繰り返されるのが、故郷に言及する次のリフレイン。

If I’ll never see the English evergreens I’m running to
It’s nothing to me
It’s nothing to see
逃げ帰ったイングランドの常磐をもう見る事がなくとも構わない

turning back(引き返す) でもなく coming back(帰る) でもなく running(逃げる)という言い回しをボウイに選ばせたのは禁じ得ぬ望郷の念だろう。
次の二行に、大した事ではない、と言い捨てるが、到底それは額面通りに受け取れはしない。
そもそも母国を取り沙汰するのはノスタルジアが漏れ出ているからに他ならぬ。
ボウイの意識下にも故郷への複雑な思いが充満していたのだろう。スターマンだって人の子。

evergreens と言えばイングランド人は Life On Mars? の詞にも登場する Norfolk Broads を思い描くのだろうか、などと勝手に想像。

norfolkbroads

実際には2014年、癌宣告の後、NYから妻と娘を連れロンドンを訪れている。

そしてそれが最後の帰郷となった。

以上の如く、自身の真情をそう易々とは読み取らせぬボウイが、これら2つのリフレインには明白な感傷と郷愁を綴っている。
これも実は、死を強烈に意識していた、もっと言えば恐怖していたが故か。

細かい表現に目を遣ってみます。
Push their backs against the grain
ボウイの合成造語(句)と思しき表現。
back against the wall = 窮地に立たされて
against the grain = 性分に反して、不本意で
これら二つをくっ付けたのだろうか。
対訳には、好き勝手を阻む、とした。

oligarch = olig(少数) + arch(統治者)
前者はオリゴ糖のオリゴに同じ。
その oligo- を mono-(一人)に差し替えれば monarch(君主)となる。
頭を an-(無)にし、状態を表す -y を付ければ、統治者不在、つまり anarchy(無政府状態、無秩序)となる。

foaming mouths = 泡を溜めた口(角)
口の泡は、日本語の表現でもほぼ同じだが、興奮した様を表す。

以上の語句で、しつこく電話をかけてくるメディアを揶揄、牽制。

すると Lazarus の詞中のケータイを落とす件は、もうオフラインだから自身とは連絡が取れない、構わないでくれ、と言っているのか。

冒頭の cash girls は後出の bitches と恐らく同義。
ただ、蔑称ではなく寧ろ好意的な使い方だろう。ファンを指していると推察。

dollar days という言葉から米国人が想起するのは特売日。
dollar_banner
或は、楽しい日々。
ただ言う迄も無くドルとは自らが終の棲家に定めた米国の通貨。ボウイは恐らくその文字通りの意味も重ね、金に縛られた世の中や自身の人生をも仄めかすべくその言葉を選んだのかも知れない。この句の多義性を利用し、更にはまんま表題に据えたのだろう。
対訳には、ドルの日々、とした。
メディアがしつこく取材を試みるのも dollar の為、というのも紛れもない事実。

続く survival sex も複数の意味を持ち得る言葉。

survival days, dollar sex などという置き換えの言葉遊びを(勝手に)やってもボウイは許してくれるだろう。
dollar sex, survival days の方が符割りを変えずに済むか。
いや、元が dollar days, survival sex と頭韻が押してあるから怒られるか。
あ、sex と次行末の necks が脚韻だった。ダメだこりゃ…

こんなアホなレトリックはさて置き、表題を含むこの一行に次行の honour を合わせたこれら3つの言葉を立て続けに使うのはボウイが人間の業、即ち金銭色情名誉欲、に思いを巡らせているからだろう。
彼が世界をいかに見てきたかが窺えもする。順に、経済学(社会科学)的、生物学的、そして心理学(人文科学)的な視座。
ところが次行に曰く、
I’m falling down 私は落ちて行く
彼の複眼的な洞察を以ってしても答えは出なかったという事か。
頭をぐるぐる巡る走馬燈が最後に残したのは諦念だったのか。

I’m dying to = したくて仕方がない
この句にももう一通りの読み方を与えているのは間違い無い。つまり
I’m dying, too = 死につつもある
死に纏わる、言わば、ダジャレ。
死ぬ程、なんて言い回しを我々も比喩としては使うけど… それも軽々に…

露骨に無味な音を挿入したと思しきエンディングは、センチメンタルに過ぎた本編を揺り戻す為のものか。悲愴の余韻なぞ与えたくはないのか。
そもそも本作をアルバムに収録する事自体にもボウイは二の足を踏んでいた、とプロデューサーのビスコンティが語って…
いません。これは私の勝手な憶測、悪しからず。

さて、最期に臨んで尚旺盛なボウイの創作意欲の源泉を訪ねれば、例えば Changes の一節に辿り着くかも知れない。

 Strange fascination, fascinating me
 奇妙な魅力が俺を虜にする

奇異にこそボウイの食指は動いた。

或いは70年代のボウイファンが忌み嫌う80年代のヒットシングル Modern Love の一節

 There’s no sign of life It’s just the power to charm
 生きてる証しなんか無い 人を魅了する力があるだけ

続くラインには本作中の執拗なリフレインと同じ try(ing)という語が見える。

 But I never wave bye-bye But I try, I try
 でも決してバイバイと手を振ったりはしない それでもやってみるさ

決然とひたすら試行を続けるボウイ。それは彼の生と同義同値。
2つの歌の句の間に類似を認めれば bye は本作中の die[dying]に韻のみならず意味の上でも対応する。
やはり彼の死は、不断の試行の最中にたまたま肉体が朽ちただけのものだったに違い無い。

半世紀前の66年に発表した、改名後初のシングル、つまり David Bowie のデビュー曲とも言うべき Can’t Help Thinking About Me に込められた覚悟から、灰になる直前の辞世とも言うべき本作に滲み出る感傷までを一気に見渡すと、自ら定めた歌手としての生き方の透徹性と、それとは裏腹の、本人の人間としてのいじらしさとが同時に目に飛び込んで来る。

そう遠くない将来、生前未発表作は日の目を見るだろう。
I’m trying to
我々は Lazarus の蘇生をその日に目撃する。

コメント

  1. daizo ueda より:

    ボウイのblack starの記事で感銘を受けた者です。フロイドのcomfortably numbについてご意見いただければと思い送信いたしました。あれは負傷した軍人兵隊に除痛で麻酔薬、もっといえば麻薬・覚せい剤を投与したシチュエーションの歌詞ではないのか、という疑問です。いかがでしょうか。

    • deni より:

      daizo ueda さん ようこそ
      医者と意識が混濁する患者との対話は色んな場面を想像させるでしょうが、この患者はボウイも憧れたシドバレットを暗示しているのかも知れません。

  2. ブライアン より:

    この歌の「We bitches tear our magazines」という歌詞は、わざわざ雑誌からクーポンを切り取ることだと思っていました。(この文脈では、”bitches”の意味は「弱虫」あるいは「ろくでなし」ですし。) Deniさんの興味深い解釈を書いてくれてありがとうございました! I think this song is powerful in its simplicity, with some of the most affecting lyrics of his career.

    • deni より:

      ブライアンさん ようこそ

      Simple yet powerful, you’re so right! And the lyrics sound so sentimental it seems he’d been mad at media which I think is unusual for him. Hence the line in question? I’m not 100% sure.
      Let me ask you a question. I can’t see what “cash girls” at the beginning refer to. Could they be his female fans? My translation 女達 can only mean girls so it’s not equivalent. I’m kinda faking it.

      Thanks.

  3. ブライアン より:

    ”Cash girls suffer me”という歌詞の意味は「現金を持つ女性は私を甘やかす」だと思うんです。私の解釈にすぎないですが・・・

    The protagonist of this song seems poor and desperate, so in this case I think the word “suffer” uses its older, original meaning: “to put up with” or “tolerate.” These girls might be friends who reluctantly loan the main character money, or they might be girlfriends who have begrudgingly paid for the protagonist’s meals on dates…

    • deni より:

      ブライアンさん
      興味深い解釈をお教え下さりありがとうございました。

      Referring to your translation, I’ve edited mine to be 金のある女達 which might be less polite than yours.
      Looking over the lyrics again made me aware that nerve is an anagram of never (The bitter nerve ends never end). But I couldn’t make such a pun on the translated words.

      またお気付きの点がありましたら是非お聞かせ下さい。