フランスの経済学者トマピケティの著書「21世紀の資本」は、本国にて2013年8月に刊行された後、14年4月に英訳版、そして12月には邦訳版が発売され、5940円もする大部の経済書なのに日本でも13万部を超えるベストセラーになっている。
過去の膨大なデータを基に、経済格差について実証分析をしています。
そして曰く、
When the rate of return on capital exceeds the rate of growth of output and income, as it did in the nineteenth century and seems quite likely to do again in the twenty-first, capitalism automatically generates arbitrary and unsustainable inequalities that radically undermine the meritocratic values on which democratic societies are based.
資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出す。
… なーんちゃって、私は買ってもいなけりゃ読んですらいません。書評などを覗き見して、本体を読んだ気になってるだけ。
で、なんでここで取り上げようと思ったか。
前項 Working Class Hero の訳解をしながら、レノンの問題意識と視座はピケティに通底すると思い至ったからです。
ピケティを語る際によく登場するのがトリクルダウン(trickle down = 滴り落ちる)なる概念。
この比喩的な物言いを最初にやったのは、合衆国大統領予備選(民主党)に立った事もある喜劇俳優のウィルロジャーズだそうな。実際に指名を受け本選でも勝利するのは、ロジャーズが熱烈に支持していたフランクリンローズベルトだったが、その一つ前、時の共和党フーバー政権に言及して曰く、
Money was all appropriated for the top in hopes that it would trickle down to the needy.
お金は全て富者に充てられた。それが貧者に滴り落ちる事を期待して。
斯様に初出時も寧ろ皮肉として使われた言葉なのだが、トリクルダウン効果などと言われる場合は主に肯定的な意味を付与されている。レーガノミクス推進にもこの言葉は利用されたが、実はこの「効果」は実証などされていなかった。ピケティがやった様な過去の指標の検証など無しに、殆ど呪文の様に唱えられた。トリクルダウン理論と言われる事もあるが、実証されているわけでもないので、当然、理論などではなく、飽くまで仮説に過ぎないのです(ま、私見では社会科学の定説なんぞほぼ全て仮説に過ぎぬ)。
実証するにはきっと、その可否はさておき、ピケティがやったのよりも入力すべき変数が多岐に亘り、大仕事になるだろう。
レーガノミクスの二番煎じのアベノミクスでは、トリクルダウンは負のイメージを持つ言葉と捉えられており、喧伝や裏付けに利用したりはしてない様です。ただ中身はともかく造語作法としては、前者が economics のほぼ完全韻(即ちうまいダジャレ)であるのに対し、後者の韻律はヒドい。発案者はドヤ顔だったんだろうが。
あ、レノンとピケティの話でしたね。
ビートルズ時代のインタビューだったと思うが、レノンは自身の多額の収入に水を向けられた時、それは実働に対する正当な対価であり、資本家や投資家などのそれとは全く本質的に異なると明言していた。
これはピケティの提唱する累進資本課税に繋がる、不当な格差を憂慮する考え方だろう。
歌手レノンは曲を書き歌に語らせ、経済学者ピケティはデータを検証し歴史に語らせた。
立場が異なるから表現方法こそ違え、肌で感じた思いや使命感には相通じるものがあったと察する。
ところで、上の訳文中の持続不可能(な格差)って言葉、近年メディア上に頻出の再生可能(エネルギー)ってのと同じ位ヘンな日本語だと思いませんか?
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